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匂いのいい花束。ANNEXE。

アルバート氏の人生……グレン・クローズの憂鬱。

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さてさて、今日は僕のブログの中で1番人気がなく、メッセージが少ない、
映画、演劇の部門の話題から……薔薇と演劇は両立しないのか?(笑)


今を遡ること30年前。
まだ映画全盛時代の大スターが妍を競っていた時代。
男優ではレッドフォード、ニューマン、ホフマン、デニーロ、女優ではフォンダ、キートン健在。
そして、ストリープ、クレイバーグ……新しい時代のスターが頭角を現して来た頃……。
一風変わった俳優が僕達の前に姿を現しました。
「ガープの世界」「再会の時」「ナチュラル」……この3本を観た時、
なんて素晴らしい女優が出てきたのかと思ったものです。

彼女の名前はグレン・クローズ。
主役ではなかったけれど、素晴らしいキャラクターの造形で圧倒的な存在感を放ち、
当然ながら3作品ともアカデミー賞の助演女優賞にノミネート。
この辺りはまだまだ新進の演技派女優……くらいの認識だったと思いますが、
次作の世の既婚男性を震撼させたと言われた「危険な情事」で一気にブレイク。
以降、主役クラスの女優の道をまっしぐらです。
今や大女優の名を欲しいままにするグレン・クローズの最新作「アルバート氏の人生」を観てきました。


映画の感想と丁寧な評論はお友達のところで読んで戴くとして、
僕はチョッとグレン・クローズの演技のことなどを……。

女であることをひた隠しに隠し、
男として厳しい階級社会のイギリスで生きるアルバート・ノッブス。
同僚に想い人もいます。細やかだけど、煙草屋開業と言う未来の夢を追い、
コツコツ貯金をして一つ一つ実現に向けて準備をしています。
大柄で周りの女性達の注目の的の塗装職人のヒューバート・ペイジとひょんなことから、
一晩、同じ部屋に寝ることになり、頑なだったアルバートに、
ある違った色合いの未来が開けてきます……。

圧倒的な技巧と的確な表現で「男」を演じるグレン・クローズ。
見事で非の打ち所がないのだけど、何か一つ物足らない気がします。
それはいつも彼女を見ていつ頭のどこかで感じていた何か……。
例えば「アルバート氏の人生」で言うと、
同じ立場の役ヒューバートを演じたジャネット・マクティアと較べると一目瞭然です。
技巧に長け、緻密で圧倒的なテクニックで的確に役を表現するクローズと、
先ず役柄を大きく捉え、男の演技に必要なものだけを最小限に散りばめていくマクティア。

クローズは付け鼻に非の打ち所のないウィッグ、凝ったメイクを施し、
一つ一つ「男」であることを積み重ねていきます。
どこにも非の打ち所がなく、一部の隙間もない完璧な役作りのクローズに対して、
大きく輪郭を捉え、特に「男」に見せる役作りをしている訳ではないように思えるマクティア。
二人が同じ部屋で寝なければいけなくなったシーンは非常に興味深いです。
劇場内が騒然となった衝撃のシーンの後、僕は男優が、
特殊メイクで着け胸をしていると信じて疑いませんでした。
2人の役作りにおける全く違うアプローチ。どちらが正解とは言えません。

完璧な嘘をつくには、99パーセントの真実に1つの真実を紛れ込ませるか、
100パーセント嘘を積み重ねるか……と、言われていますが、
どちらの「嘘」が、より真実に見えるかは見る人、騙される人に委ねられます。



僕は決してクローズの芝居が詰まらないと言っているのではありません。
「運命の逆転」の病弱の大富豪の妻はお見事だったし、
「いつか眠りにつく前に」の、息子の突然の死に取り乱して号泣するシーンや、
「危険な関係」の圧倒的な存在感。特に、ラスト。劇場で満座の嘲笑を受けたことよりも、
己が遊びで仕掛けた「ゲーム」で、最愛の人を失ってしまった喪失感、
それも、死んで初めて気が付いたことの驚愕から化粧台の小物を手で払い取り乱すシーン……。

技巧とケレン味……あれは他の誰にも出来ない圧倒的なパフォーマンスでした。
(因に僕の薔薇「Marquise de Merteuil」はこの悪徳の侯爵夫人から取っています)
ミュージカル「サンセット大通り」におけるノーマ・デズモンドの圧倒的歌唱。
同じく素晴らしいテクニックのメリル・ストリープと較べると良く分かります。
緻密な技巧の積み重ねは同じなのだけど、クローズには圧倒的に「華」がない……。
悲劇のヒロインを1本、背負って立つには「華」が必要なのです。
その辺が数々の賞にノミネートされながら、今一つ受賞に至らないグレン・クローズの憂鬱。

その昔、バロック時代の、所謂、古楽器は、狭いサロンの演奏には丁度良かったけれど、
現代になって大ホールの演奏には不向きです。音量を上げるために、
様々な改良を施され、甦る大音量と共に、一見、華やかな印象を受けるけれど、
古の楽器の穏やかで滋味溢れる音には到底適わない……。
グレン・クローズが助演から主演にシフトした時のことを考えると、
大音量を出すために改良されたバロック楽器を思います。
勿論、助演の器には到底納まらないし、緻密で圧倒的な技巧は、
テクニックに弱い僕には大層、魅力的なんですけどね。



アルバート・ノッブス……果たして現代だったらどのような人生を?
19世紀のアイルランドでは、クローゼットに隠れていたアルバートが、
広い世界に出て来られる可能性は皆無だし、果たしてどこまで秘密を隠し通せるか甚だ疑問だけれど、
ラストシーンでベッドに横たわるアルバートの穏やかで満足そうな表情。
チフスで最愛のパートナーを失ったヒューバートと、
案の定、男に捨てられ、私生児を生んだヘレンの未来に、
明るい希望を見いだすしかありません。


2013年1月26日


ブノワ。


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