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匂いのいい花束。ANNEXE。

ふさわしい匂いを持っている薔薇……。

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拝啓……Wさまへ。

太陽光線の有難さを実感する今日この頃、
如何お過ごしですか?風邪を引いていらっしゃるとうかがいましたが
その後、体調は戻られましたでしょうか?

さて、少し前になりますが、三島由紀夫の「サド侯爵夫人」を観て来ました。
これは、三島由紀夫生誕80年、没後35年(今日命日)の節目の
今年から行われる、三島由紀夫全戯曲上演プロジェクトの第一回公演でした。
今回は国立博物館の本館特別五室を劇場に改装、
一杯舞台は美術の秋山正さんのシンプルな装置と書き割りが復活しました。

それにしても、三島由紀夫の華麗な台詞の大伽藍……。
この「サド侯爵夫人」に先立つ事9年前、
当時、文学座に戯曲を書いていた三島由紀夫が「鹿鳴館」を書き上げ
主役の杉村春子さんに初めて読んで貰った時の杉村さんの感想は、
「まぁ、何だか修飾語だらけねぇ……」だったそうです(笑)
そういう台詞は初めての杉村さんに、三島由紀夫が出した注文は、
「思いっきり、新派のような積りで見栄を切って演って下さい」だったそう。

この戯曲を発表した当時、ドナルド・キーンによる英文訳の際のタイトルを
本来なら「Marquise de Sade・サド侯爵夫人」とする所ですが、
たった一文字「e」違いで、「Marquis de Sade・サド侯爵」になってしまいます。
出版元のグローブ・プレスから、「マルキ・ド・サド全集」が出ていると言う
ドナルド・キーンの助言で「Madam de Sade」に変えて出版したのでした。

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サド侯爵夫人ルネ 「薔薇を愛することと、
              薔薇の匂いを愛することと分けられまして?」
モントルイユ夫人 「莫迦をお言い。それは薔薇が感心にも、 
              薔薇にふさわしい匂いを持っているからだわ」

俳優にとって、また、演劇にとって、台詞が命です。
作者の書いた台詞を如何に血の通った人間に仕立てて行くか……永遠の課題ですね。
その手助けとして、衣装があり、装置、照明、その他、裏方の仕事があるのです。
映画や舞台は総合芸術です。全ての要素が一つになって初めて完成する。
それは、演技のアンサンブルだけではありません。
どれ一つとして突出した物があってはならないと思うのです。
俳優は三島由紀夫のあの華麗で膨大な台詞を間違わずに喋るだけでも大変なのに、
その役に血を通わせるなどと言う事は至難の業でしょう。
あるものは2ページにも渡る長台詞……間違わずに言うだけでも大変です。
廻りのスタッフはそれを手助けしなければなりません。
残念かな、今回の公演は、先ず、衣装とヘア&メイクが非常に奇抜でした。
どんなに見事に台詞を言っても、目は奇抜な衣装とヘア&メイクに釘付け……。
裏方は、役作りの助けにこそなれ、決して役者の足を引っ張ってはならないのです。
観客は三島由紀夫の宝石の様な台詞を、華麗なロココ調の衣裳を楽しみに行きます。
しかし、本物の絹や金糸銀糸やダイヤモンドで飾り立てる必要はありません。
観客と言うものは鋭い勘、そして天翔る想像力を持ち合わせているのですから。

それぞれの役にハッキリ塗り分けられた「性格」………………。
サド侯爵夫人ルネ=貞節。 その母、モントルイユ夫人=社会、法、道徳。
シミアーヌ男爵夫人=神。 サン・フォン伯爵夫人=、肉欲、悪徳。
アンヌ=無邪気と無節操。 シャルロット=民衆。

「これらが惑星の運行のように、交錯しつつ廻転して行かねばならぬ」
三島由紀夫は出版時の「跋・ばつ」の中で語っています。

所が、観終わってみると、違う各色をクッキリと絵筆で塗り分けられた登場人物も、
結局は、それぞれ、全ての性格を持ち備えている事に気付かされます。
戯曲を終幕の台詞から書くと言われている三島由紀夫の作劇の上手さですね。

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サド侯爵夫人ルネ 「あなた方は薔薇を見れば美しいと仰言り、
              蛇を見れば気味がわるいと仰言る……」

大きい写真は、6月、パリ郊外、満開のライ・レ・ローズ薔薇園で撮影しました。
薔薇の名前は「Incomparatable d'Anteuile」ラフェイの作出です。
最高級霜降り和牛みたいな花弁を見た時にロココを感じました。
「あぁ、これは三島の『サド侯爵夫人』だぁ!」と、見た瞬間に思った物です。
ストライプともつかない斑入りの花弁に物凄く強烈なオールド・ローズの香り。
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小さい3枚の写真は公演日の国立博物館の外の様子です。照明デザイナーの石井幹子さんプロデュースによる「光のソワレ」。三島由紀夫の肖像や、著作からインスピレーションを受けた写真を壁面の投影。秋の澄み切った空気の中、劇場内、客席似つくまでの前奏曲のようで何とも素敵でした。何枚か撮りましたが、三島由紀夫本人の肖像と「金閣寺」、それに「春の雪」を連想させる写真を選びました。

4年前の新年にフィレンツェを訪ねた時の事。一週間の滞在で美術館三昧、美味しい物を食べ歩き、サン・ジミアーノや、ダ・ヴィンチ生誕の村や生家を訪ねて近郊の街に足を伸ばし、そろそろパリに戻ろうと言う時、偶然目にした「サド侯爵夫人」のポスター。何と、帰る日の夜、フィレンツェの隣町で一回だけの公演があったのです。もう、ガッカリ(笑)知っていればそれに会わせて日程を組んだのに……。旅先で後悔する事ってあまりないのですが、その時ほど後悔した事はありません。


敬具

2005年11月25日


ブノワ。


[サド侯爵夫人 三島由紀夫 著 (1965)]
[鹿鳴館 三島由紀夫 著(1956)]
[三島由紀夫/Yukio Mishima (1925~1970)]
[杉村春子/Haruko Sugimura (1906~1997)]
[文学座]

[Incomparatable d'Anteuile (Pr) Laffay]
by raindropsonroses | 2005-11-25 00:00 | 天井桟敷の人々。