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匂いのいい花束。ANNEXE。

夢を見ているのかい?……ブロークバック・マウンテン。

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拝啓

4月に入り、本当に暖かくなって来ました。昨日の強風は玉に瑕だけど、
休日にはバルコニーで過ごす事が多くなり、少し日焼けです。
Kuroちゃん、その後、如何お過ごしでしょうか。
あなたには会えなくなってしまいましたが、折々にあなたの事はを想いだします。
特に、いい映画や芝居を観た時、素晴しい本を読んだ時……。
20年間、あなたには、本当に色々な事を教えて貰いましたから。
今日は素晴しい映画の原作に出会えたのでペンを取ってみました。

先日、地元のシネコンで「ブロークバック・マウンテン」を観て来ました。
この時期になると、薔薇の作業が多くなりますし
映画館の暗闇に座っている場合じゃないんですけどね(笑)
実は今日で3回目なんです。ロードショーで3回も観るのは久し振りかなぁ。
学生時代に「エデンの東」と「ディア・ハンター」を観て以来でしょうか……。
映画は良く出来ているし、なぜここまで惹き付けられるのか、
その魅力を確認しに行きたかったんです。やっぱり、再度、感動して、
アニー・プルーの原作とパンフレットとサントラ盤を買っちゃいました。
さすがにポスターは買わなかったけれど、DVDは買うでしょうね(笑)
映画好きなKuroちゃんなら、そちらでとっくに観て興奮しているでしょうし、
原作も読んでいる事でしょう。どんな感想を持ったかとても知りたいです……。
是非、あなたの意見を聞いてみたい……。

映画は、これまでに存在した6つの芸術(文学、音楽、絵画、建築、彫刻、演劇)
に続いて「第7の芸術」と言われていますね(所説、色々ですが……)。
そうそう、パリ4区に、この名前が付いたホテルがありましたっけ……。
映画とは、「音が出る動く絵」です。映画が他の芸術と大きく違っている所は、
他の芸術では、殆どの部分を受け取る側が、頭の中、心の襞で想像して
補いながら一つの世界を作るのに対し、映画は、絵が動き、
音楽が情感を高め、台詞で状況や主題や感情を表現出来る、
何でも来いの最強の表現方法だと言う事。所がどっこい、そうは問屋が卸さない、
何でも出来るが故に、やり過ぎたり説明が多過ぎたりCGを使い過ぎたり
声高にテーマを台詞でペチャクチャ喋ったり……。

最近では、映像面のデジタル化が進み、
殆ど表現出来ないものはない所まで技術が進んで来ています。
考えようによっちゃ、何でも表現出来る訳です。そう、「何でも描ける」。
最近のCG、特に、「僕達、こんな事も出来るんだよ!」的な
過剰なまでの特撮にはウンザリです。技巧に溺れてしまい、
本来、描かなければならない事がスッポリと抜け落ちてしまっている。
所謂、「人間が描かれていない」って奴ですね。悲しいくらいに薄っぺらな人間像。
そんな中、この「ブロークバック・マウンテン」は、久し振りに
しっかりと人間が描かれていました。登場人物、全員の人生が描かれている。
美しい画面に、最小限の音楽、台詞は必要最小限タイトに削り取られ、
観客は優れた文学の行間を読み取るかのように、自分の感性で
作品に参加出来る不思議な感覚。言葉にならない登場人物の台詞を
自分の頭に中で言ってみる。自由に想像する余地が残っている映画でした。
アニー・プルーの原作とは微妙に違う所もあるけれど、それはそれ、
原作は、「匂い」と言うキーワードが非常に上手に使われていて
短編ながら、読者を1963年、2人が出会った夏にトリップさせてくれます。
とてつもなく技巧的な作品、女性でしか描けない描写も沢山あります。

さて、映画は、今日が誕生日のヒース・レジャー演ずるイニス・デルマーと
ジェイク・ジレンホール演ずるジャック・ツィストの数少ない台詞以外にも、
特筆すべきは2人の絡み合わない視線が多くの事を雄弁に物語っている事。
普通は、視線は絡み合って初めて物を言うものだけれど、この作品では
絡み合わない視線が何よりも雄弁に2人の心の移り変わりを物語り、
さらには当時の同性愛の非常に厳しい社会的位置を物語っています。
反対に、ラスト近くでジャックの母とイニスの間で交わされる視線の暗黙の理解。
ジャックの母は、自分の愛する息子が選び、帰って来る度に顔を輝かせて話し、
愛した人(男!)を、初対面で理解し受け入れ、自分もまた愛する……。
「もし良かったらまた会いに来て……」。これは、帰り際の母親の台詞。
まさに「絵で見せる」映画のならではの醍醐味ではないでしょうか。

2人が炎を囲みながら回し飲みするウィスキー……「Old Rose」。
チョッと検索してみたんですが、「Old Rose・Bourbon」「Old Rose・Scotch」
「Old Rose・Whisky」何れで検索しても、薔薇の名前がダァ〜っと出て来ます。
薔薇の種類には「Bourbon」「Scotch」両方ともあるからなんです(笑)
また、「Whisky Mac」と言う黄色いモダン・ローズもありますし、
映画で使われた「Old Rose」と言うウィスキーが果たして本当にあるのか
または、映画の中のオリジナルなのかはチョッと調べが付きませんでした。
Kuroちゃん、お酒の仕事をしていたあなたです、
何かこのウイスキーに付いて知っているんじゃありませんか?

オールド・ローズで僕が大好きな薔薇に
「Belle de Crecy」と「Belle Isis」と言う大変に似た薔薇があります。
この薔薇は両方ともガリカと言う種類に属し、強烈な匂いに可憐な姿。
同じ時期に咲きますから我家では並べて置いてあるんですよ。

炎の前に立つジャックを後ろからしっかりと抱き締めたイニス……。
決して恵まれた少年時代を送ったとは言えないお互いが、
初めて他人に心開き、2人の呼吸が一つになった瞬間、
2人の心臓の鼓動が同調する瞬間、イニスに抱かれながら立ちすくみ
静かに静かに訪れた嘘偽りのない魔法のような幸福の瞬間……。
この写真は、何だかそんな2人に見えて仕方ありません。
この映画がキッカケで結婚したヒース・レジャーとミシェル・ウィリアムス。
2人の間に出来た子供の名付け親にジェイク・ジレンホールがなったそう。
祝福された赤ちゃんの名前は、Matilda Rose……。

「自分で解決出来ないのなら、それは我慢するしかないのだ……」

アニー・プルーがよく使う格言めいた言葉。
クローゼットを締め、心の中にジャックを閉じ込め、
自らも厳しい運命に甘んじる選択をした瞬間……そして、例の台詞。
しかし、それはイニスにとって天上の幸せなのでしょう。
ラスト近く、迫る夕闇の中で2人で焚火を囲みながら
イニスがジャックに言う台詞……「天国を見ているのかい?」
Kuroちゃん、その時、あなたの事を少し思い出しました……。


敬具

2006年4月4日


ブノワ。 


[Brokeback Mountain/ブロークバック・マウンテン (2005)]
[Annie Proulx (1935~ )]
[Heath Ledger (1979~ )]
[Jake Gyllenhaal (1980~ )]
[Michelle Williams (1980~ )]

[Belle Isis (G) Parmantier, 1845]
[Belle de Crecy (G) Roeser, pre-1836]
[Whisky Mac (HT) Tantau, 1967]
by raindropsonroses | 2006-04-04 00:00 | 書架の片隅。