匂いのいい花束。ANNEXE。

メリル・ストリープの選択。

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拝啓

Mさま、今年もそろそろ半分、梅雨らしい天気が続きますが、
どのような日々を過ごしていらっしゃいますか?
引っ越しから一月、新居は綺麗に片付きましたでしょうか(笑)
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さて、今日は、新しい住所に約束の写真をお送りしましょうね。
この薔薇の写真は、僕オリジナルの薔薇、名前はまだありません。
蕾から開きかけは、所謂、高芯剣弁で固い感じがしますが、
満開を過ぎると、花心を見せ、大きなラウンドに開きます。
花弁の裏側の色が表側よりも少し濃くなり、咲き始めはプラム色、
咲き進むに連れてピンク色から心地よいラベンダーに退色します。
匂いは強い紅茶(ティー)の匂い、開花後の花持ちはとてもいいです。
房になりますから、一枝で色々な形、花色を楽しむ事が出来ます。
そう、次々に姿を変えて行く様は、僕の永遠のヒロイン、
今日が誕生日のメリル・ストリープのイメージです……。

メリル・ストリープ……「現代最高の映画女優」。
好き嫌いはあっても、この称号に誰も異論を挿まないと思います。
アカデミー賞14回ノミネートはキャサリン・ヘップバーンを抜き史上最高です。
(うち、主演、助演で各一回受賞。下の一覧のが☆受賞で★がノミネート)
僕が始めて彼女をスクリーンで見たのは「ディア・ハンター」の時でした。
この長尺の傑作を見るために、学生だった僕は弁当持参で劇場に籠り
日がな一日、3回も繰り返し、朝から晩まで鑑賞したものです。
この、ベトナム戦争を題材にした男達が主役の映画に、
どこか淋しげに色を添えていたのがメリル・ストリープ。
僕のメリル・ストリープ狂いはここから始まりました。

いつも彼女を思う時に考える事があります。
それは、「映画のヒロインとは何か……真の大女優である条件とは?」と言うこと。
軽やかなラブ・コメディーもいいでしょう、アクションもまた然り、
でも、真のヒロインとは、悲劇を1本背負うくらいの力量がなければなりません。
相手役なんかどうでもいい、一人で1本の悲劇を背負える事。
これが、真のヒロインの条件だと思うんです。

メリル・ストリープが演じた悲劇のヒロインの数々……、
「ディア・ハンター」では婚約者とその親友の間で心揺れ動く女。
「ソフィーの選択」のナチス・ドイツの収容所の陰に怯えるポーランド女。
「フランス軍中尉の女」の自らの人生を偽り男を翻弄する女。
「プレンティ」の昔の反戦の旗手で精神分裂、外交官の夫の人生をダメにする女。
「クライ・イン・ザ・ダーク」の実子殺し疑惑の母親、「黄昏に燃えて」の浮浪者。
「マンハッタン」「めぐりあう時間たち」のレズビアン。
「恋におちて」の不倫の人妻、「愛と哀しみの果て」の実在の作家。
「シルクウッド」の原発事故の疑惑に悲劇的に巻き込まれる女。
「クレーマ・クレーマー」の子供を捨て家を出る母……等々。
稀代の悪女、悲しい過去を引きずる女、一癖も二癖もある女性像の数々……。

「興味を抱く女性像、それは必ず、どこか精神的に問題がある女性達ばかりでした」
これは、あるインタビューでのメリル・ストリープの言葉です。

最も彼女らしい作品は「フランス軍中尉の女」でしょう。
先ず、幾重にも入組んだ作品そのものの趣向が面白いです。
メリル・ストリープと言うアメリカ女優が、アンナと言う映画女優を演じ、
そのアンナは最新作の中で、「フランス軍中尉の女」と人々に蔑まれるサラを演じ、
そのサラは、さらに自分の人生の中で偽りの人生を演じ
婚約者がいる男を騙し虜にして行きます。この三重構造の妙!
映画はこれらのシーンが入り乱れ、主人公達のそれぞれの心理と相まって
万華鏡の如き華麗な煌めきを放っていました。
この三重構造こそ、演技派メリル・ストリープの面目躍如たるところで、
映画の冒頭、サラを演じるアンナがメイク係りの差し出す手鏡で顔をチェック、
助監督の「アンナ、用意はいいかい?」の一言でカチンコが鳴り
テーマ曲が鳴り響き、荒波打砕ける防波堤の先端にマントを翻し歩いて行き、
そして、合図とともにこちらを振り向きます……。
この素晴しい導入部!観客が一気に作品の中に引きずり込まれる瞬間、
俳優が観客に魔法のヴェールをかける瞬間です。
この作品に続く、アカデミー主演女優賞を獲得した
「ソフィーの選択」からの10年間が第一のピークでしょう。
この「ソフィーの選択」に付いては今更言う事はありませんね。
原作の映画化としては最高峰の1本。原作者のウィリアム・スタイロンをして
「映画の歴史始まって以来の女優の最良の演技」と言わしめました。
これが決して、リップサービスでない事は、映画の歴史が実証しています。
雑誌、「Premiere Magazine」の中で、
映画史上の最も偉大な演技の第3位に堂々とランクされています。

僕が尊敬する劇作家、テネシー・ウィリアムズの最晩年の希望、夢は
代表作「欲望という名の電車」のヒロイン、ブランチ・デュボワを
メリル・ストリープに演じて貰う事だったそうです。
結局、この企画は映画ではなくテレビに移行、アン・マーグレットが
鱗粉を撒き散らす瀕死の蛾、ブランチ・デュボワを演じたのでした。
しかしまだ、僕はメリル・ストリープがブランチを演じる事は可能だし
是非とも演って貰いたいと思っているんですよ。

往年の大女優べティ・デイヴィスがメリル・ストリープ宛にしたためた手紙に
「あなたはアメリカの女優の一番の座を継ぐ人」と書いてあったそうです。
ダイアン・キートンに「私たちの世代の奇跡」と言わしめた才能。
ジーン・ハックマンが撮影中に思わず見とれて台詞を忘れ、
撮影監督、ネストール・アルメンドロスも絶賛した彫刻的な顔。
「ジュリア」で競演したジェーン・フォンダは、端役で出ていた彼女を見て
一言「彼女は大きくなるわよ」と、言ったそうです。何と言う慧眼!
キャサリン・ヘプバーンの公式伝記作者A・スコット・バーグによると、
メリル・ストリープは彼女の最も大好きな現代の女優だったらしいです。

「ハリウッドにくちづけ」でアカデミー賞にノミネートされたことで
一時期コメディー路線に走って失敗した感もありますが、
「人を泣かせるのは簡単だけれど笑わせるのは難しい……」
大女優ソフィア・ローレンもそう言っています。
悲劇のヒロインこそがメリル・ストリープに似つかわしいのです。

演技派の俳優を表現する言葉に「カメレオン」とか
「変幻自在」と言う言葉を使います。でも、皆さん大きく間違っているのは、
大スターはカメレオンではあり得ないって言う事です。
大スターは何を演じてもその本人以外の何物でもない、
ベティ・ディヴィスは何を演じてもベティ・ディヴィスだし、
オードリー・ヘップバーンは何を演じてもオードリーでしかあり得ない。
メリル・ストリープも、幾ら髪型や髪の毛の色を変え、衣装を取り替え
ドイツ訛やイタリア訛り、クィーンズ・イングリッシュを巧みに操っても
メリル・ストリープ以外の何物でもないのです。
それが大スターの条件、大女優の宿命なのですから。

決して顔は直さない、感情とともに浮き上がる血管がダメになるから。
顔をいじって往年の美貌を保つか、はたまた、直さず演技人として生きるか。
メリル・ストリープの選択はなされました。今後、老境に至るまで
どのような作品を選び、また、どのような姿を我々に見せてくれるのか
取り敢えず、才媛ジョディ・フォスターが監督する「Flora Prum」と
鬼編集長に扮した「The Devil Wear Prada」が楽しみでなりません。


敬具

2006年6月22日


ブノワ。


[Meryl Streep Online Simplystreep. Com/Meryl Streep (1949~ )]
[Julia/ジュリア (1977)]
[The Deer Hunter/ディア・ハンター (1978)]★
[Manhattan/マンハッタン (1979)]
[Kramer vs. Kramer/クレーマー クレーマー (1979)]☆
[The French Lieutenant's Woman/フランス軍中尉の女 (1981)]★
[Sophie's Choice/ソフィーの選択 (1982)]☆
[Silkwood/シルクウッド (1983)]★
[Falling in Love/恋におちて (1984)]
[Plenty/プレンティ (1985)]
[Out of Africa/愛と哀しみの果て (1985)]★
[Ironweed/黄昏に燃えて (1987)]★
[Cry in the Dark/クライ・イン・ザ・ダーク (1988)]★
[Postcards from the Edge/ハリウッドにくちづけ (1990)]★
[Death Becomes Her/永遠に美しく (1992)]
[The House of Spirits/愛と精霊の家 (1993)]
[The Bridge of Madison County/マディソン郡の橋 (1995)]★
[One True Thing/母の眠り (1998)]★
[Music of the Heart/ミュージック・オブ・ザ・ハート (1999)]★
[Adaptation/アダプテーション (2002)]★
[めぐりあう時間たち/ The Hours (2002)]
[Angels in America/エンジェルス・イン・アメリカ (2003) TV Mini Series]
[Flora Plum (2006)]
[The Devil Wear Prada/プラダを着た悪魔 (2006)]★

[Tennessee Williams (1911~1983)]
[A Streetcar Named Desire/欲望という名の電車 (1947)]
[A Streetcar Named Desire/欲望という名の電車 (1984) TV]
[Anne-Margret (1941~ )]
[Bette Davis (1908~1989)]
[Katharine Hepburn (1907~2003)]
[A. Scott Berg (1949~ )]
[Gene Hackman (1930~ )]
[Jane Fonda (1937~ )]
[Nestor Almendros (1930~1992)]
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by raindropsonroses | 2006-06-22 00:00 | 女優の時代。