匂いのいい花束。ANNEXE。

レディ・アグニューとの再会。

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拝啓

早いもので今年も12月、一年が経つのが驚くほど早くなりました。
Iさん、その、元気ですか。口先だけじゃなくて年内に一度は会いましょうね。

さて、スッカリ忘れていたんですが、旅先で荷物が驚異的に増えたので、
重たい書籍類は別便で送っていたのです。忘れていた箱の荷をようやく解き、
中から出て来た本や展覧会の図録を見てひとしきり感慨深かったのは、
初めて訪れたマドリットでレディ・アグニューと再会したことを思い出したからです。

レディ・アグニュー・オブ・ロックノーことガートルード・アグニュー。
僕が敬愛してやまないジョン・シンガー・サージャントの筆になる傑作を初めて見たのは
今から十数年の東京、新宿の伊勢丹で開催された「スコットランド美術館展」でした。
おそらくはスコットランド美術館の改装中の空いた期間を利用して開催された展覧会、
この「レディ・アグニュー・オブ・ロックノー」をはじめ、ゲインズバラ、ミレー、
ロセッティ、レイノルズから印象派、現代絵画などの名品が並んだ素晴らしい展覧会でした。
勿論、目玉はチケットと図録の表紙を飾った「レディ・アグニュー・オブ・ロックノー」。
僕は初めて彼女の存在を知り、サージャントの流麗な筆致に酔ったものです。
絵の前から一歩も動けないんです。殆ど一筆描きに近い潔い筆致、
衣装のオーガンジーやライラック・ピンクのシルク、壁に貼った花柄の織物や
椅子に貼られた布地の質感の違いや光沢を太い筆でいとも簡単に描き分けます。
彼女のわずかにブルーがかるハシバミ色の瞳に薔薇色の頬、強い意志を表す濃い眉……。
精密に描かれていると思われがちな顔の部分でさえ非常に簡潔な筆致。
1893年4月29日の「タイムズ」紙は「技巧の勝利」であると評しています(図録より)
元々、アメリカ人のサージャントはイギリスの上流社会に早々と受け入れられ、
エドワード朝時代の肖像画家として売れっ子でした。美しく描かれた顔に9頭身の身体、
当時の上流階級の人々は、実際以上に美しく描かれた己の自画像に大枚叩いたのです。
サージャントは個人の肖像画だけでなく、家族の肖像画も沢山描いています。

マドリッドに着き、荷を解いて昼食を摂り、次の予定まで時間が少しあったので
友人と近くの教会を見に行きました。生憎、教会はクローズ。この手のハプニングには慣れっこの僕、
「仕方ない、また明日にでも来ましょうか」と、振り返った目に飛び込んで来たのが
2枚目の写真の建物を覆わんばかりの巨大な看板……言葉を失う僕。
ジョン・シンガー・サージャントとホアキン・ソロヤの展覧会だったのです。
左側がサージャント筆による「レディ・アグニュー・オブ・ロックノー」、
右側がソロヤの自画像になります。それにしても最初は訳が分からずに暫し唖然、
「レディ・アグニュー」はスコットランドにお住まいの事を知っていましたからね(笑)
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早速、会場に入り作品を堪能、しかしどうやら「レディ・アグニュー・オブ・ロックノー」は
もう一つの会場、ティッセン・ボルネミッサ美術館に飾られているとのことでした。
何しろ2人分の作品です。作品が多いので会場が二つに分かれていたんですね。
東京に続いてマドリッドでの再会、この偶然には驚きましたが、
相変わらず美しく艶やかなレディ・アグニュー。僕がもっとも愛する女性を描いた肖像画。
僕は「モナ・リザ」などと並んで肖像画の最高峰の一枚だと思っています。

レディ・アグニュー・オブ・ロックノー……ガートルード・アグニュー。
彼女はゴウラン・チャールズ・ヴァーノン伯の娘として生まれ、
1889年10月に結婚。1892年にサージャントにこの肖像画を描いて貰うと
たちまちの内に評判が広がり、社交界の時の人となります。絵自体も大好評で、
サージャントはロダンをして「我々の時代のヴァン・ダイク」と評される程でした。
しかし結局、この絵が高くつく事になったのは、評判を聞き付けての賓客を相手に
連日連夜のサロンを開く事となり、結局、借金がかさみ、最終的にはこの絵を含む
家族の絵を売却して借金の穴埋めをしたそうです。
レディ・アグニューは子供に恵まれず、1932年に他界、
美しく華やかな外見にそぐわない寂しい晩年だったのでしょうか……。

今日の一枚目の写真はティッセン・ボルネミッサ美術館の入り口横の植え込みの薔薇。
色とりどりの薔薇はまるでレディー・アグニューを見ているかのようでした。
そして、第二会場の巨大な看板。これは部分でしかありませんが
レディー・アグニューの美しさを知って貰うには充分でしょう。

先日の事、親切にもバルセロナのお友達が展覧会の広告を郵送してくれました。
それも含めて、そろそろ旅のスクラップ・ブックを作らないといけませんね。
それにしても、この広い世界で一枚の絵に二度もめぐり会える偶然、
いえいえ、ただの偶然では済まないかもしれません。


敬具

2006年12月4日


ブノワ。


[John Singer Sargent (1856~1925)]
[Gertrude Agnew (1865~1932)]
[Lady Agnew of Lochnaw (1892)]
[Joaquin Sorolla (1863~1923)]
[Thomas Gainsborough (1727~1788)]
[Sir Joshua Reynolds (1723~1792)]
[Dante Gabriel Rossetti (1828~1882)]
[Sir John Everett Millais (1829~1896)]
[Francois-Auguste-Rene Rodin (1840~1917)]

[ティッセン・ボルネミッサ美術館]
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by raindropsonroses | 2006-12-04 00:00 | 展覧会の絵。 | Comments(16)
Commented by ダヴィデ at 2006-12-04 09:44 x
本当に嬉しいですよね。日本に来ていた絵が他国で再会できたり、また逆もありますね。サージャントですね。とても繊細にでもどこかエネルギーみたいな強さを感じる絵って思っています。絵画は変っていないのに、見る所や見る自分の状況などで感じ方が変るのに、展覧会に行くと最近思う今日この頃です。今の自分の状態を知るのに大切な事かもしれませんね。ブノワさんも良い再会ができて良かったですね。
Commented by しん at 2006-12-04 21:06 x
ブノワ。さん
レディ・アグニューの美しさ!えぇ、ちゃんと伝わってますとも!
この世に偶然はないのです、ブノワ。さんが絵に再会できたのも必然。
数ある絵画すべてを見れるわけではありませんもん!!
このだけインパクトが強いと、絶対に忘れられない思い出になりますね。
Commented by emi at 2006-12-04 21:22 x
ブノワさん
 こんばんは。
 ↑のしんさんの意見に同感です、これ、必然だったのですね。印象に残る絵ですね、私も次回、この絵をみたら、きっと、ブノワさんを想い出します・・・。
 楽しい想い出のスクラップ・ブックつくりはいかがですか??

 そうそう、昨日観た映画は日本で1月20日(?)公開予定だそうです、タイトルは(日本の) ディパーテッドだそうです。
 寝るどころか??大変な騒ぎでした、わたくし、叫びました・・・へへ。
 
Commented by raindropsonroses at 2006-12-05 08:23
ダヴィデさんへ。
おはようございます。ハイ、本当に良かったです。外国の美術館に行くと、「あれぇ、この絵確かどこかで見た事がある……」そんな瞬間があります。今回、バルセロナのピカソ美術館でも東京で見たピカソ初期の油絵と再会。何だか面白いですね。でも、この絵は本当に好き!技巧派に弱い僕には堪らない一枚です。描いている時の会話やレディ・アグニューの香水の匂いまで漂って来そうです。人間、勿論変わりますが、いい方に変わって行きたいですねぇ……。

ブノワ。
Commented by raindropsonroses at 2006-12-05 08:32
しんさんへ。
おはようございます。ねぇ、美しいでしょう?しんさん並でしょうか?(笑)
サージャントの場合、全身像を描く事が多く、従って8〜9等身に美化する事が殆どなんです。でも、このレディ・アグニューは足の方が切れていますから、思いの外、ありのままの姿なのではないかと想像しています。ある一枚の絵をお目当てに行っても見られない事もあります。本当に素晴しい体験でした。もう一枚、どうしても本物が見たいのは、同じくサージャントの「マクベス夫人に扮するエレン・テリー」、http://www.tate.org.uk/britain/eventseducation/talks/6845.htm、これはイギリスのテート・ギャラリーにありますが、前回は残念ながら展示されていませんでした……こんな事もあるのにねぇ、不思議なものです。

ブノワ。
Commented by raindropsonroses at 2006-12-05 08:37
emiさんへ。
おはようございます。可成りご活躍の週末だったみたいですね(笑)
映画、楽しかったみたいですね。叫んだんですか?emiさん僕とは一緒に見られませんね(笑)外国で観る映画の困る所は作品によって騒々しくなる所かな……これまたお国の違いなんでしょう。さて、この絵の前に来ると溜め息をついたまま動けなくなります。この企画展は予定外だったので、短いマドリッド滞在がさらにタイトになったのは言う迄もありません(笑)スクラップブックはまだまだです。兎に角、イギリスから薔薇の苗が届かない事には落ち着けませんからね……。

ブノワ。
Commented by gyuopera at 2006-12-05 19:28
マドリッドのこの展覧会は、思いもかけずブノワさんのスペインの印象をかなりグレードアップしたのではありませんか? 以前に見て感動した絵に再開できるのは本当にうれしいものですね。 感動も新たに・・・・ 絵がブノワサンをマドリッドに呼んだのかも?

ところで、バルセロナのマレー美術館はごらんになりましたか? あの最上階の「思い出の部屋」では、フレデリック・マレーがどのくらい旅行してさまざまなものをコレクションしていたかが伺えます。多分、ブノワさんでさえあんぐり口をあけるほどだと思いますよ。先日、友人を連れて行ったら、もう目を回してしまいました。
Commented by raindropsonroses at 2006-12-06 08:03
gyuさんへ。
おはようございます。そう、可成りグレードアップ、マドリッドには前に「お」を付けて「おマドリッド」と呼んでいます(笑)この巨大な看板を見た時は本当に不思議な気分でした。この広い世界で偶然にも同じ絵に出会う不思議。スペインに行く時期が少しずれてもダメだったし、時間が空いてプラリと教会に行かなかったら気が付かなかった訳ですからね。あそこは美術館自体も素敵ですね。お気に入りの美術館になりました。マレー美術館は行けなかったのですよ……本当に残念。僕もコレクション魔ですけど、おそらく僕を10000倍くらい凄くした人なんでしょうか?バルセロナに着いて即思ったのは、「これは3日じゃ足りない、次はいつ来ようか……」でした。そう思うと結構、簡単に諦めがつくもので、次回の楽しみに回した所が沢山あります。来年はチョッと無理……再来年でしょうか。鬼がひっくり返っちゃいますね(笑)

ブノワ。
Commented at 2011-02-03 14:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by raindropsonroses at 2011-02-05 08:11
レディー・アグニューさんへ。
おはようございます。わざわざメッセージありがとう。
突然ゴメンなさいね。一つ可愛がってやって下さい。
薔薇が素晴らしいのは、その関連する芸術によって僕達を様々な所に連れて行ってくれること。記憶を呼び覚ましてくれることですね。僕の薔薇→記事→バルセロナの楽しい想い出が甦って良かったです。しかし、マドリッドの街角でこの大きな看板を見た時の驚き!レディー・アグニューはスコットランドの美術館の目玉ですからね、そんなに外遊はしないハズ(笑)僕がこれも何かの縁だと思うのももっともだと思いませんか?薔薇の名前は拘りたいです。僕の取り柄は何だかそれだけって言う気もしますが……(笑)

ブノワ。
Commented at 2011-02-08 23:09
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2011-02-08 23:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2011-02-08 23:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by raindropsonroses at 2011-02-10 06:31
泣き虫さんへ。
おはようございます。メッセージどうもありがとう。
本当、物凄い泣き虫ですよねぇ……そう、年なんですよ(笑)まぁ、それにしても世の中、皆さんどうしてあんなに泣き虫なのかと思います(笑)大体が、男の方が泣き虫ですね。男はね、親が死んでも人前で涙見せちゃダメ!って、無理かな。さて、何時でもサプライズは嬉しいですよね。イヤなビックリは嫌だけど、嬉しいサプライズはいつでもOK。僕の所にも届きました。僕は親木でしか見ていませんから、あまりの立派さにビックリ仰天。是非、可愛がってやって下さい。仰言るように、最近はあまり会えませんが、会う回数じゃないと思いますよ。いいんじゃない?どこかでキッチリ繋がっていれば。レディー・アグニュー・オブ・ロックノー……この世の中に現存するポートレートで3本の指に入ると僕は信じています。兎に角、勢いのいい筆致、的確な性格描写、優雅さ……この絵の右に出る物は無いと思っています。

ブノワ。
Commented by raindropsonroses at 2011-02-10 06:35
新苗さんへ。
おはようございます。ちょっとお湿りありましたね。
元気にしていますか?メッセージどうもありがとう。
そう、予定はあくまでも予定です(笑)刻々と状況は変わりますよね。人生山あり谷あり、大きなうねりの中では、一生、谷で終わってしまう人もいるんです。下なんか向いて歩いていても、今のご時世、精々10円玉を拾うのがやっと(笑)いいことなんか一つもありません。目を上げて歩いていれば素敵なハンサムと目が合うかもしれないでしょう?そこが大事なんですよ。笑う門には福来る、陰気な顔して溜め息ばかりついていても何も変わらないし、変な物がくっ付いて来ます。笑顔、笑顔、そう思いませんか?

ブノワ。
Commented by raindropsonroses at 2011-02-10 06:45
マダムXさんへ。
おはようございます。元気にしていますか?
そろそろ春の気配がそこここに……沈丁花が匂って来ました。メッセージどうもありがとうね。さて、僕はサージャントの画集は4冊?展覧会の図録を含めるともっと持っています。クロード・モネと並んで生前から絵がバンバン売れた数少ない画家ですよね。ゴッホなんか1枚しか売れなかった。彼が描く美しいポートレート……上流階級の心を鷲掴みだったんでしょうね。僕はね、死ぬまでにロンドンのテート・ギャラリーにあるエレンテリー扮するマクベス夫人の肖像画を観たいの。彼女、毎公演が終わる度に扮装したままアトリエに通ったそうですね。狂気が宿った目、甲虫を一面に縫い付けたと言う豪華な衣装!絶対に観なくちゃ!マダムXは仕事と言うよりも、サージャント自身の興味が勝った作品じゃないかな?夥しいスケッチが残っていますね。思い入れが強かった……じゃありません?ニューヨークで観た時は大感激でした。旅はするものですね、そう思います。早く戻って来るように、元気出さなきゃダメだよ!

ブノワ。