匂いのいい花束。ANNEXE。

杉村春子、渾身の「欲望という名の電車」。

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拝啓

ハッキリしない陽気の4月も終わり、アッと言う間にゴールデン・ウィークも終了。
クロちゃん、その後、如何お過ごしですか。いいですね、そちらは一年中過ごしやすくて。

日本では先日、Kちゃんが大好きな杉村春子さんの没後10年を記念して、
舞台中継や特別版組など、衛星放送で大々的に特集を組んだんですよ。

改めて偉大だった杉村さんの素晴らしさを紹介する特集でしたが、
僕が楽しみにしていたのはテネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」の舞台中継でした。
この録画は1975年収録、渋谷のセゾン劇場での公演でした。
残念ながら、どこをどうやったらこんなに切れるのか?そう愕然とするほどの短縮版、
最初にテレビ放映したままの、約上演時間の半分の無残なカット版でしたが、
杉村さんの素晴らしさを再確認するには十分でした。
この金字塔戯曲、今までに様々な人が主人公のブランチ・デュボアを演じています。
僕が観ただけでも、杉村さんをはじめ、東美恵子、岸田今日子、
ペギー・コールズはミルウォーキー・レパートリー・シアターの来日公演で
当時、映画で大活躍だったトム・ベレンジャーと共演でしたっけ。
映像ではヴィヴィアン・リーの名演をはじめ、アン・マーグレットなど。
未見では、樋口可南子、大竹しのぶ、フェイ・ダナウェイなど、
演技力に自信のある人なら生涯に一度は演ってみたい役ではないでしょうか。

普段から着物を好み、和服を着る役柄に傑作が多い杉村さんが
「欲望という名の電車」を初演したのは1953年の事です。
劇中に出て来るタバコ、ラッキー・ストライクもボウリングのユニフォームも分からない混乱の時代。
ヘア・デザイナーの山田康夫さんの素晴らしい鬘……。
絶望に身体を仰け反らせ、嗚咽する度に揺れる金髪の鬘を被るようになるのはまだまだ先の事。
ルリ・落合の衣裳やメイク、セットや周りの共演者の素晴らしいアンサンブルも特筆すべきですが、
いかにして杉村さんが精神を病んでいくブランチ像に肉を付け血を通わせたか。
それは杉村さんの卓越したテクニックだけではなく、役者としてのある種の勘の良さ、
杉村さんが持って生まれた役者としてのセンスがそうさせたのだと思っています。
テクニックと形、一見、徹底したリアリズム演技と見まごう杉村さんの芝居、
実は、リアリズムとは程遠い杉村さん独自の「形」がそう見せているだけなのです。
杉村さんお得意の小道具使いの巧みさ……例えば、杉村さんが好んで使ったハンカチが
まるで、女とはこうあらねばならぬと言わんばかりに雄弁に主人公の苛立ちや恋に浮かれる気分、
激流に浮き沈みする木の葉のような感情の起伏をを巧みに表現します。
たった1枚のハンカチでこうです、台詞の声色、リズム、そして、何よりも
千変万化、自在に表情を操る杉村さんの演技の引き出しの豊かさは驚くべきものがあります。

新劇と言う枠に納まらない杉村さんは、芝居の形を歌舞伎の女形や新派の喜多村緑郎、
花柳章太郎などから女形の「形」を受け継ぎ、それを自らの中で消化、吸収しました。
自らの容姿にコンプレックスを持っていた杉村さんが、苦心の末に身に付けた「女性の美」。
舞台の板の上で、リアリズム演技で女性を演じても様にならないし美しくない。
それならば、美しく見える「形」で演じよう……美しく見えることに執念を燃やした杉村さん。
「転ぶんだってただ転んだんじゃ詰まらないでしょう、あなた」杉村さんは仰言います。
美しい女性に見えるような「形」で演じ、新劇のリアリズム演技の中に咀嚼、昇華した
杉村さんの芝居の巧みさには驚くべき物があります。

役者は色気がなければいけない……僕は常々そう思っています。
あれは何年前の事でしょうか。日本橋三越劇場の一番奥に位置する
杉村さんの楽屋を尋ねた僕の前にはファンの女性の長蛇の列……。
それも結構な年配のオバサマ達ばかりがズラぁ〜ッと(笑)
杉村さんは客が楽屋口に姿を現してようやく誰だか分かる寸法です。
随分と順番を待ち、ようやく僕とハンサムな友人の番になりました。
「杉村先生、こんにちは。お久しぶりです!」と、僕が顔を出し、一声、挨拶をすると、
鬘を取り羽二重と簡単な部屋着の杉村さんは一瞬、目を見開き、凍り付いたように固まると、
「あら、イヤだ!」と一言。サッと踵を返し楽屋の奥に走り込み、
暫しの後に綺麗なガウンに着替え戻って来て満面の笑みで一言、
「まぁ、あなた、よくいらっしゃいました」ですって(笑)
横でその一部始終を見ていた娘さんのHさんは、
「いやぁねぇ、若い男性だとコロッと変わって」と、苦笑しています。
杉村さんは「だぁって、あなた……」杉村さんは最晩年までこうでした。
女性の可愛らしさを失わず、色っぽさを失わなかった杉村さん……。

「あなた、一幕目の台詞を覚えて二幕目に行くと最初の台詞を全部忘れちゃっているんですから」と、
謙遜して話してくれた杉村さん。まるで瀕死の蛾が燐粉を撒き散らしながら
生き絶えて行く有様を僕は絶対に忘れないでしょう。
終演後にステージに駆け寄り花束を渡した事がありますが、
杉村さんは自分の足では屈めないほどの疲労困憊、先日、惜しくも亡くなった
スタンレー役の北村和夫さんが脇から腕を回して支えてあげなければならないほど。
それ程のハードなステージ。僕は杉村さんのお墓参りには行きません。
何故ならお別れするのは辛いから。いつまでも僕の中に生きている杉村春子さん。
まさに偉大な大女優、不世出の女優は生涯、一役者を貫いたのです。
同じ時代に生き、劇場で同じ空気を吸ったことの幸せ、
それはいつもいつもKちゃんと話していたことでしたよね……。
あなたの「杉村春子のブランチには滅び行く者の美がある!」この言葉とともに、
いつまでもいつまでも鈴が鳴るような杉村さんの声が耳から離れません……。


敬具

2007年5月16日


ブノワ。


[杉村春子/Haruko Sugimura (1909~1997)]
[Tennessee Williams (1911~1983)]
[欲望という名の電車/A Streetcar Named Desire (1947)]
[欲望という名の電車 (1953) 文学座 初演]
[北村和夫 (1927~2007)]
[東恵美子/Mieko Azuma (1924~ )]
[岸田今日子/Kyouko Kishida (1930~2006)]
[樋口可南子/Kanako Higuchi (1958~ )]
[大竹しのぶ/Shinobu Otake (1957~ )]
[喜多村緑郎/Rokuro Kitamura (1871~1961)]
[花柳章太郎/Shotaro Hanayagi (1894~1965)]
[Faye Dunaway (1941~ )]
[Peggy Cowles( ~ )]
[Tom Berenger (1949~ )]
[ルリ・落合/Ruri Ochiai ( ~ )]
[山田康夫/Yasuo Yamada ( ~ )]

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by raindropsonroses | 2007-05-16 00:00 | 女優の時代。