匂いのいい花束。ANNEXE。

艶やかである……ソフィア・ローレン。

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艶やかである…………。

ソフィア・ローレンが33年振り2度目の来日を果たした。
友人から連絡を貰い、急遽、テレビの前に陣取る。
ソフィア・ローレン……女性の年令のことを書くのは失礼だけど、
一昨年、亡くなった母と同じ年、何と今年で74才である。


ソフィア・ローレン……僕の永遠の女神、リビング・レジェンド……。
ソフィア・ローレン……薔薇に名を残し、香水に名を残し、
映画史上にその偉大な名を刻む……。

今ではスッカリ死語になってしまったが、
ソフィア・ローレンは真の国際女優として映画史にその名前を刻む。
「クレオパトラ」のエリザベス・テイラーに続いて
「ローマ帝国の滅亡」で世界で2番目に100万ドル女優になったのも彼女だ。
(因みに当時のレートは1ドル360円、
3番目は「マイ・フェア・レディ」のオードリー・ヘブバーン)。
全盛期のハリウッドでは、所謂、外国からアメリカに輸入された美女達は
完全に故国を捨てハリウッドのみで活躍した。
ガルボしかり、バーグマンしかり、オードリーしかり。
だがソフィア・ローレンはハリウッドで大活躍する以上に
故国イタリアでも沢山の映画を撮り、国民的な大スターだったのだ。
ゲーブル、グラント、オトゥール、ヘストン、ペック、シナトラ、
そしてキャバンにマストロヤンニ……。
ハリウッドやフランス、同国の大スターと軒並み共演し、
盆暮れ正月、興行的な掻き入れ時には、有楽座、スカラ座、日比谷映画など、
1000席を越す大劇場に彼女の作品がかかったものだ。
映画が大きさを求められ、スクリーンの大きさを競う時代に相応しい
スケールの大きさと華やかさを持つ女優としてハリウッドに君臨、
居並ぶ豪華キャスト、男優陣の中、女優が一人、
歴史大作を一人で背負うスケールの大きさは希有であった。
大してキャリアもないクセにチョッと外国映画に出たくらいで
「国際女優」「大女優」と持て囃す日本では考えられないほどのスケールの大きさ、
まさに大スターの中の大スター、夜空に燦然と輝く巨星なのだ。
いや、眩いばかりの自ら光線を発する太陽のような存在とでも言おうか……。

ソフィア・ローレンがただのグラマー女優に終わらなかった最大の理由は、
彼女の中の母性がより前面に押し出され、
人々はそれを敏感に感じ取ったからではないだろうか。
他のグラマー女優が極力私生活を封印し、作られたイメージの中で生きたのに対し、
ソフィア・ローレンは大地にしっかりと根付いたイタリアのマンマの匂いがする。
どんなに胸を強調した服を着て、強烈なメイキャップを施そうと、
ソフィア・ローレンは土の匂いがする……「河の女」「ふたりの女」……。
何れも彼女の魅力を前面に打ち出した傑作だ。
実生活ではカルロ・ポンティとの結婚をなかなか許されなかったこと
(彼は妻子持ちだった……)
長年、子宝に恵まれなかったことは、何でもスグに実生活を虚像に重ね合わせてしまう
日本人特有のメンタリティーだったのかもしれない……。


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僕が初めてソフィア・ローレンを知ったのはいつの頃だろうか……。
まだ小学校の頃?街角に貼ってった
「アラベスク」のポスターを見て母に尋ねたのである。

 「お母さん、あの女優さんの名前は何て言うの?」

母曰く、「お前、あれはソファイア・ローレンって言うんだよ。」……。
ソ、ソ、ソファイア・ローレンって一体(笑)
このエピソードが僕とソフィア・ローレンとの出会い。
まだいたいけな子供が世紀のグラマー女優にお熱になりウン十年(笑)
毎月〜スクリーンを買い、バック・ナンバーを古本屋で買い漁り、
映画雑誌の写真を切り抜きスクラップし、似顔絵を描き……、
初めて一人で電車に乗って東京までロードショーを観に行き……。
寝ても覚めてもソフィア・ローレンの時代が続く(笑)

後に僕が母にした質問、
 
 「ねぇお母さん、どうして同じ年なのにソフィア・ローレンは綺麗なの?」

ムッとした母、曰く、

 「バカだねぇ、あっちはお金がかかってんだよ!」

これも忘れられない母の言葉です(笑)


そして運命の1975年5月15日。
初来日したソフィア・ローレンに直にお目に掛かりサインを戴いたのだ!
映画ファンの悪友が何処となく仕入れて来たソフィア・ローレン来日の情報。
今と違ってインターネットなんかありませんからね、
配給会社に尋ねたかどうしたか、僕等悪友3人はモノレールに乗って一路、羽田へ……。
そう、当時の国際空港は羽田だったのですよ(笑)
後にも先にも学校をサボったのはこの時一回のみ。

羽田は既に黒山の人だかり、報道陣、ファン、野次馬……。
それ程、待つことなく濃いグリーンの税関のガラス戸が開き
ソフィア・ローレンがご降臨!
まるで天岩戸が開いたかのような煌めきが税関内から射すと、
そこにピンクの小花模様のワンピースを着たソフィア・ローレンが立っていました。
長い髪をウェーブさせ、小麦色に日焼けした世紀の大女優の登場である。
目の下には気になりだしたクマを隠すために淡いブルーのラメ入りのシャドーが……。
今でこそ当たり前だけれど、さすが、美容には人一倍気を遣う職業である、
最先端のテクニックで美を保つ……目が眩むとはこのこと。

怒号とともにアッと言う間に群衆に取り囲まれ、警備員に防御、
誘導されながら外に停められているリムジンへと向かうソフィア・ローレン。
警備はガッチリ、何人たりとも彼女に近付けない……。
僕はハッと機転を利かせ、一人、群衆を離れ3つ先の、
誰もいない扉へと向かいました。外に出ると5月の日差しが肌に暖かく、
黒塗りのリムジンが一台ポツリと停まっているだけ。
そこへ自動ドアが開き、中からソフィア・ローレン登場。
群衆は優秀な警備員に塞き止められ誰一人として外に出て来られません。
そこにいるのはソフィア・ローレンと僕の二人だけ……。

僕はと言うと、暫し、状況が飲み込めず茫然としていましたが、
ガラスにへばり付き恨めしげな表情を浮かべる悪友を尻目に、
リムジンに近付いて行き、思い切って窓ガラスを「トントン……。」

サッと窓が開き、中にはあれだけ憧れたソフィア・ローレンが
目も眩みそうな笑顔で座っているではありませんか!
学校の図書館のイタリア語入門で必死に覚えた、

 「あなたの大ファンです。サインを戴けますか?」

その台詞は一瞬の内にどこかへ吹っ飛び(笑)

 「Io sono, Io sono……」ただただ色紙とマジックを差し出す僕……。

ニッコリ笑い色紙にサインしてくれるソフィア・ローレン。
握手を求めた手を握り返してくれた手の温かくて大きかったこと……。
そして彼女が発した「グラッツェ」の一言。

帰りのモノレールで悪友二人から怨嗟の目で見られたことは言うまでもありません(笑)

写真は後に額装したソフィア・ローレン実筆のサイン。
僕同様に「ソフィア・ローレンは僕の女神」と、公言して憚らない、
ジョルジオ・アルマーニ邸に飾ってある額縁を模して作った額縁に入っています。
薔薇は今年、最も早い開花の僕のオリジナルの薔薇です。


草々

2008年5月1日 


ブノワ。


[Sophia Loren Official Website/Sophia Loren (1934~ )]
[Sophia Loren (HT) Tantau, 1967]
[The Fall Of The Roman Empire/ローマ帝国の滅亡 (1964)]
[La Donna del Fiume/河の女 (1955)]
[Two Women/La Ciociara/ふたりの女 (1960)]

[Clark Gable (1901~1960)]
[Cary Grant (1904~1986)]
[Peter O'Toole (1932~ )]
[Charlton Heston (1924~2008)]
[Gregory Peck (1916~2003)]
[Frank Sinatra (1915~1998)]
[Jean Gabin (1904~1976)]
[Marcello Mastroianni (1924~1996)]
[Elizabeth Taylor (1932~ )]
[Cleopatra/クレオパトラ (1964)]
[Audery Hepburn (1929~1993)]
[My Fair Lady/マイ・フェア・レディ (1994)]
[Greta Garbo (1905~1990)]
[Ingrid Bergman (1915~1982)]
[Giorgio Armani (1934~ )]

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by raindropsonroses | 2008-05-01 00:00 | 女優の時代。