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匂いのいい花束。ANNEXE。

パフューム ある人殺しの物語。

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拝啓

暖かな3月になりました。
Aさま、引っ越しされて1ヵ月が経ちましたが部屋は片付きましたか。
あれはさっさと終わらせた方がいいですよ。じゃないといつまでも片付きませんからね(笑)

さて先日、友人と「パフューム ある人殺しの物語」を観て来ました。
チョッと前に原作を再読していましたから、公開が待ち遠しくて待ち遠しくて……。
チョッと驚いたのは、映画が原作を可成り忠実に映像化していたこと。
まぁ、原作の登場人物とイメージが違うとか、人それぞれ思う所はあるでしょうが、
映画化にあたっての細かい変更もさして気になりません。

 自らの体臭を持たない稀代の殺人鬼、ジャン・バチスト・グルヌイユの物語……。

僕はこの何の感情も持ち合わせない主人公をスクリーンで観ながら、
貴志祐介の「黒い家」と、ルース・レンデルの「ロウフィールド館の惨劇」、
それから少し違うかもしれないけれど「エイリアン」などを思い出していました……。

 何の感情も持たない殺人鬼の物語……。

ただ、これらの作品と「パフューム ある人殺しの物語」が全く違うのは、
主人公のグルヌイユは邪悪ではないこと。匂いに取り憑かれ
物事の善悪の感情に全く左右されることなく殺人を犯す訳だけれども、
人を殺めると言う事がどんな事なのか全く分かっていない……完全な道徳感の欠如。
パリの魚市場に生まれ、「驚愕のラストシーン」とうたわれるラストまで、
ただひたすら「匂い」に突き動かされて行動するグルヌイユは清々しくさえあります。
原作では「ひねこびた」と描かれるグルヌイユをベン・ウィショーが好演しています。

この作品「匂い」を映像化出来たとかで大々的に宣伝されていましたが、
僕はナレーションが少し耳障りでした……その辺りは仕方ないのかもしれませんね。
原作を決められた時間内に詰め込む訳ですから。言葉に頼り説明的になるしかない。
優れた調香師になるには、いい匂いも悪い匂いも知っていなければならないと言われています。
原作に出て来る匂うものの全て、夥しい単語で羅列された匂うものの数々を
いい匂いも悪い匂いも見事に映像化していただけに残念な気もします。
優れた小説の絶対条件は行間の豊かさです。優れた映画もまた然り、
映像の端々に宿る、目で捉える豊かな情報、この作品の場合は音楽もまた素晴しく、
それら、いかにも映画的な豊かな表現を言葉(ナレーション)で念押ししてしまった感じ。
観客ってそんなに鈍感でもないしバカでもない……。

それから薔薇好きの立場からすると、やっぱりおかしな点が幾つか目に付きました。
ダスティン・ホフマン演じるジュゼッペ・バルディーニの香水店で薔薇から香油を抽出するグルヌイユ。
そこで使われた赤い薔薇……どんなにいい匂いがしようと映画のような薔薇が使われる事はありません。
それから汚水の流れと化したセーヌから水を汲み上げて使うのもおかしいです。
当時も今も薔薇から香油を採る場合はダマスクと言う種類の薔薇から抽出されます。
当時、間違いなく香油を抽出するにはピンク色のローズ・ド・メが使われているハズ。
香油を採取するために交配されたと言われているローズ・ド・メ「Rose de Mai」、
他に、ブルガリアの薔薇の谷で栽培されているダマスク・ローズ「Kazanlik」……。
あんな真っ赤なモダン・ローズが使われているハズがありません。
いかにも絵的な効果を狙った作り方……まぁ、それは映画ですからね。
それから、リシの愛娘のローラの部屋の窓辺に絡まる白いツル薔薇……。
これも時代を考えるとどうにもいけません。18世紀にあのような薔薇があるハズがありませんから。
細かい事だけれど、どんなに完璧に時代を映していても、18世紀のパリの芬々たる悪臭、
香水の街、グラースの咲き誇るラベンダーや香水製造の様子を忠実に再現しても、
たった一つの事で、それまで心地よく騙されていたのに現実に引き戻される事もありますからね。
ポッテリした白い美しいツル薔薇はローラの象徴なのでしょう。
確かに、ローラを演じたレイチェル・ハード・ウッドはまるで薔薇の蕾が
今にも花開きそうに美しく、匂い立つような姿は物凄く説得力がありました。
最近は「隣のお姉ちゃん」的なごくごく普通の容姿の女優が多い中、
彼女の美しさは最近稀に見る正統派。この若き女優と(演技力は未知数だけれど)
出演場面は短いながら、グルヌイユの少年時代を演じた2人の無名の少年、
アルヴァロ・ロケ(5歳)とフランク・ルフェーヴル(12歳)は売れるでしょうねぇ。
青田買いではないけれど、この先も注目してみて行きたい子役達です。

今日の写真は一昨年の秋に訪れたアヴィニヨンのカルヴェ美術館で撮った1枚です。
彫刻家 Louis Veray作の「La Moissoneuse」の部分。
その時は「パフューム ある人殺しの物語」の事なんか全く頭にありませんでしたが、
今にしてみると、この大理石の像は、グルヌイユに命を絶たれた乙女に見えない事もありません。

 蕾のまま、この世の春を知らぬまま香水になるべくして摘み取られた乙女達……。

部屋が片付いたらお祝いを持って遊びに行きます。
ピザでも取ればいいですよ。あとはワインは持って行きます。
では今日はこの辺で。季節の変わり目です、お体をお大事になさって下さい。


敬具

2007年3月12日


ブノワ。


[パフューム ある人殺しの物語りParfume : The Story of a Murderer (2006)]
[Ben Wishaw (1980~ )]
[Dustin Hoffman (1937~ )]
[Alvaro Roque ( ~ )]
[Frank Lefeuvre ( ~ )]
[Rachel Hurd-Wood (1990~ )]
[Rose de Mai (D)]
[Kazanlik (D)]

[貴志祐介/Yusuke Kishi (1959~ )]
[黒い家 (1997) 角川書店 刊]
[Ruth Rendell (1930~ )]
[ロウフィールド館の惨劇/A Judgement in Stone/小尾芙佐 訳/角川文庫 刊 (1984)]
[Musee Calvet]
[Louis Veray (1820~1891)]

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by raindropsonroses | 2007-03-12 00:00 | 映画館へ行こう。