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匂いのいい花束。ANNEXE。

心に巣食う……ダウト ー疑惑をめぐる寓話ー。

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拝啓

Dさん、その後、元気にしていらっしゃいますか。
暖かながら不安定な天気が続きますね。今年は雨が多いかな……。
風も強いですね……でも、バルコニーの薔薇の蕾も夥しいくらいに付き、
来る満開の時のことを考えるとコワイくらいです。

さて、先日のこと、以前より楽しみにしていた文学座のアトリエ公演を観て来ました。
舞台のタイトルは「ダウト ー疑惑をめぐる寓話ー」。
ジョン・パトリック・シャンリーがメリル・ストリープに当てて書いた戯曲だそうです。
残念ながら、ブロードウェイの初演は、時間的に拘束されることが多い
舞台の仕事を制限するストリープの都合で叶いませんでしたが、
この度、ハリウッドでメリル・ストリープとフィリップ・シーモア・ホフマンの共演で映画化され、
今は撮影が無事に終了、編集に入っていると聞きます。

物語はストーリー上の楽しみが減りますから詳しくは書けませんが、
文学座のベテランと若手の程よいアンサンブル、
文学座のモットウとする言葉の美しさ、台詞を大事にする伝統が
上手く生かされたなかなか内容の濃い出来上がりでした。

キリスト教に限らず、宗教における欺瞞、おそらく皆も感じているだろうけど
決して口に出来ない闇の部分……聖職者にも他の人々と同じように心の弱い部分があり、
神につかえる身だからこその頑さ、傲慢さ、孤独……。
そんなセント・ニコラス・カソリック系の教会学校の校長、
シスター・アロイシスを演じた寺田路恵の大きさ。
時に厳しく、時にユーモアをたたえ(彼女のユーモアのレパートリーは少ないのだけれど……)、
キリスト教における「善」の牙城を一人守ろうとし、
また、心の奥底に巣食った「疑惑」に翻弄される校長を七色の声で演じ分けました。
僕がまだ演劇青年だった頃に文学座の若手のホープだった清水明彦の逞しさ。
いつの間にか中堅、いや、それ以上の安定感とテクニックを持ってフリン神父を熱演。
渋谷はるかの初々しさはまだ何も色がついていない女優の将来を感じさせ、
山本道子の絶妙なる黒人女性はおそらく本人のキャラクターに寄る所が多いのでしょう。
出番はワン・シーンでしたが、非常に印象深く説得力のある役作りでした。

しかし、つくづく思うのは、
今回のシャンリーとメリル・ストリープの場合にも見られるように、
優れた芸術家どうしの出会い、相乗効果、つまり、当てて書く……。
この行為の意味を考えてしまいました。

人の歴史の中で、芸術は自然の模倣だと言われています。
自然に限らず作者が美しいと思ったものを形にしていく作業……それが芸術です。
さらに、優れた表現者、素晴らしいテクニックの持ち主に
触発されて様々な芸術が生まれて来ました。
文学、絵画、彫刻、音楽……第七芸術と言われる映画もまた然り……。
お陰で僕達は素晴らしい作品に出会うことが出来ます。

三島由紀夫が杉村春子に当てて書いた「鹿鳴館」、
有吉佐和子が書いた「ふるあめりかに袖はぬらさじ」……。
何れも現代日本演劇史に残る傑作です。
マーガレット・ミッチェルは「風と共に去りぬ」のレット・バトラーを
当時ハリウッドで「キング」と呼ばれ君臨していたクラーク・ゲーブルを念頭に書いたそう。
ベンジャミン・ブリテンをはじめ、現代の優れた作曲家達が
ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチのために書いた夥しい数のチェロの曲………。
お陰でヴァイオリンに比べて独奏の曲が少ないチェロにレパートリーが増えたのです。

優れた芸術家の出会いは1+1が2ではなく、3にも5にもなりうる可能性を秘めています。
例えば芝居で言えば、その俳優の普段の言葉遣いを念頭に台詞を書く……。
自ずと生きた台詞が書ける訳です。

僕にも才能があったら好きな俳優や尊敬する俳優に当てて戯曲でも書いてみたいのですけどね……(笑)
いかせん、ブログに駄文をつらつら書いているようじゃ無理ですか。
書いてみたい俳優は沢山いるんですけどね……。

そちらでは12月の映画版の公開も楽しみですね。
メリル・ストリープ……。15回目のアカデミー賞ノミネートは必至ですね。
ノミネートどころかきっと受賞かな?この先、「マンマ・ミーア!」と共に楽しみが続きます。

写真は数年前の正月にフィレンツェの教会の中庭で撮ったフィルム写真。
「ダウト ー疑惑をめぐる寓話ー」の中で、
シスター・アロイシスが手入れをする修道院の中庭の薔薇に因んで。
名札は付いていませんでしたが、おそらくハイブリッド・ティーの「Victor Hugo」。
薔薇はいつの世も人間と共にあり、そして愛されて栽培されて来ましたが、
中世のキリスト教世界では薔薇は「快楽」の印、唾棄すべきものとして迫害され徹底的に排除されました。
そんな中、不思議なことに修道院の中、人知れず中庭などで密かに栽培され、
現代に貴重な品種が残ったのです。それは、実を薬として用いた薬用を目的としたものかもしれませんが、
修道院の中庭にヒッソリと咲く薔薇の花……僕は何故かロマンを感じてしまうのです。
穏やかな表情で薔薇を手入れするシスター・アロイシスの胸に去来する物は一体なんだったのでしょう。
若いシスター・エリザベスを厳しく導き、己の存在を賭けてフリン神父と対決する
シスター・アロイシスの揺るぎない自信と信念は陰も形もありませんでした。

近々、観てみたい舞台もあります。その時は声を掛けますので一緒に如何ですか。
季節の変わり目です、体調管理に留意して下さいね。お元気で!


敬具

2008年4月22日


ブノワ。


[ダウト ー疑惑をめぐる寓話ー/2008年4月12日〜22日、文学座アトリエ公演]
[寺田路恵/Michie Terada(1942~ )]
[清水明彦/Akihiko Shimizu (1962~ )]
[山本道子/Michiko Yamamoto (1950~ )]

[Doubt (2008)]
[John Patrick Shanley (1950~ )]
[Meryl Streep Online/Meryl Streep (1949~ )]
[Philip Seymour Hoffman (1967~ )]
[Gone with the Wind/風と共に去りぬ (1939)]
[Margaret Mitchell (1900~1949)]
[Clark Gable (1901~1960)]
[杉村春子/Haruko Sugimura (1909~1997)]
[三島由紀夫/Yukio Mishima (1925~1970)]
[鹿鳴館 (1956) 文学座 初演]
[有吉佐和子/Sawako Ariyoshi (1931~1984)]
[ふるあめりかに袖はぬらさじ (1972) 文学座 初演]
[Edward Benjamin Britten (1913~1976)]
[Mstislav Leopol'dovich Rostropovich (1927~2007)]

[Victor Hugo (HT) Meilland, 1988]

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by raindropsonroses | 2008-04-22 00:00 | 天井桟敷の人々。