匂いのいい花束。ANNEXE。

匂いのいい花束……。

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  時は明治19年(1886年)空高く秋晴れの天長節(11月3日)の午前中。
  場所は影山伯爵邸、庭園内、小高い丘の上にある茶室 潺湲亭(せんかんてい)。
  下手から女中頭の草乃が望遠鏡を持った女客達を案内して来る。
   
  宮村陸軍大将夫人 則子、坂崎男爵夫人 定子、
  そして、大徳寺侯爵夫人 季子(すえこ)、その娘 顕子(あきこ)、
  何れも正式のドレスを着ている。
  天長節の朝、宮中への参賀の後に影山邸で観兵式を見るのが慣しの女達。
  望遠鏡を片手に、我が夫の勇姿を高みの見物と洒落込んでいる。

  客人が夫の勇姿を眺められるようにワザと遅れて来る女主人、影山朝子。
  元新橋の銘妓、公の場を嫌い、決して公式の場所に出て行くことはしない……。
  それは彼女自身が自分に課した掟、長の年月を経て作り上げた評価に繋がっている。
  そんな朝子を肴にひとしきり会話が弾んだ頃、
  御殿風の着物に身を包んだ朝子が登場する。
  季子と顕子の何やら訳ありの素振りに、
  他の二人の客人を巧みな話術で先に帰させる朝子。


季子 「あなたがあの方たちを捌(さば)いた捌き方は見事よ。
    偽善もあなたのお手にかかると、匂いのいい花束になってしまうのね。」
朝子 「まあひどい仰言りよう。私はただ向き向きの花束をさしあげるだけですわ。」

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「サド侯爵夫人」と並ぶ三島由紀夫の傑作戯曲、
演劇史上に燦然と輝く「鹿鳴館」の冒頭の部分の抜粋です。
このブログのタイトル「匂いのいい花束。」や、カテゴリーの「向き向きの花束。」は、
敬愛する三島由紀夫の「鹿鳴館」のこの部分から拝借しました。

不世出の大女優 杉村春子に当てて書かれた「鹿鳴館」。
「香りのいい花束」ではなく「匂いのいい花束」とするところが、
いかにも「香り」と「匂い」の違い、
物事の本質を知り尽くしていた三島由紀夫らしいです。
完成した台本を初めて読んだ杉村春子は感想を求めた三島由紀夫に対し、

  「まぁ、あなた、修飾語だらけねぇ……。」と、仰言ったそうです。

昼間の豪華な御殿風の褄長の着物姿から一転して夜のローブ・デコルテへ。
宝石を散りばめたかのような華麗な台詞、抑揚をタップリ効かせた大仰な言い回し。
およそ今の話し言葉からは想像も出来ない大伽藍のような美しい台詞の数々を、
我が身の血と肉を切るように発話し、感情を込めてなお、
流麗な筆による書画のように観客の前に提示するには役者の力量が問われます。

主人公の影山朝子は大徳寺季子と娘の彰子の頼み事をきくことから
自分に課した女としてのしきたりと決まり事を自ら破り、
夫、影山伯爵主催の鹿鳴館の舞踏会に夜会服を着て出席します。
添えなかった愛する人と、長の月日離れていた我が息子のため……。
封じ込めていた愛情のために……。
華麗なるシャンデリアとワルツの調べ、美しく着飾った女達と、
エスコートする地位の高い男達……開国した日本が世界に追いつけ追い越せと
知恵を絞り背伸びをしていた時代を背景に書かれた男と女の愛憎劇、
夫と妻、男と女、恋人達、母と息子……愛、憎しみ、尊敬、嫉妬、欺瞞……。
そして闇夜に響き渡る一発の銃声……偽りの悲しいメロドラマです。


ブログをお休みしている間、久し振りに開いた本は三島由紀夫の「鹿鳴館」。
矢張り何度読んでも面白いです。政治と愛情、
この相容れない二つのものが良く練られていて、
一気に読んでしまいます。そして一番強く思うのは日本語って美しいって言うこと……。

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先日のこと、モリエール原作「人間嫌い」として知られている「ミザントロオプ」、
楽しみにしていた舞台の初日と中日、2度ほど劇場に足を運びました。
俳優であり演出家である手塚とおるが若手俳優とともに作り上げたフランス古典劇です。
興味深いことに、辰野 隆(ゆたか)の約60年前の翻訳を台本にしています。
チラシに「17世紀フランス古典の名作を、美しく、豊かな日本語で。」とあるように、
現代の日本語では死語と化し、話し言葉では全く聞かなくなった美しい言葉の羅列……。

人間嫌い、お追従やお世辞の類いが大嫌いで、
常に自分らしくありたいと思う若者アルセスト。
そんなアルセストが愛してしまったのは、正に彼が忌み嫌う
お追従や社交の世界で自由気ままに泳ぎ回る未亡人セリメエヌ。
アルセストは自分を見失うまい、世間に流されまいとしています。
精一杯、虚勢を張り、言葉で武装し、人との距離を置いているアルセスト。
そんなアルセストがセリメエヌに愛を請い、
すがるシーンは、そんな彼が垣間見せる人間の弱さ、
一人前の男の中に混在する少年の面影を見せる……。
この芝居の中で唯一の無垢な魂の発露でした。
岸田研二の役柄に対する真面目な取り組みが見事に役と重なります……。

岸田研二…………剛の魅力。

件のセリメエヌにとりすがるアルセストの上気した顔、
男としての尊厳や虚勢を脱ぎ捨て、
子供が母にすがるかのような横顔は鳥肌が立つほど美しいです。

一方、そんなアルセストを思い、
常に陰から支えるフィラントを演じる小谷真一の誠実さ。
フィラントもまた社交の世界のしきたりや欺瞞にウンザリしているハズなのですが、
そこは上手に泳ぎ渡り歩く才覚と如才なさも持ち合わせています。
その当時で言うと「今風の青年」になるのでしょう。朗らかで清々しい青年像。
アルセストに疎まれてもキツい言葉を浴びせられても
意地になって彼の後を追うフィラント。
そこには本人達が気が付かないけれど、友情以上の思いもあるのかもしれません。
陰陽の印のようにピッタリとお互いを補うように肉付けされた
フィラントとアルセストのキャラクター。
彼が密かに愛する女性エリアントをそっと見つめる視線の演技は、
まるでキャルがエイブラをそっと見つめるあのシーン……。
まるで「エデンの東」ではありませんか!
クローズアップがない舞台で見せる顔だけの演技、しかも飛び切り効果的に……。

小谷真一…………柔の魅力。


そして、現代に甦った辰野 隆の名訳、
現代っ子達の口から発せられる古(いにしえ)の言葉。
初日こそどこかぎこちなさが残ったものの、
公演を重ねるごとに自分の言葉にしてしまう役者根性、
柔軟性にはにほとほと感心したものです。

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ブログを休んで一ヶ月、残暑もなくいきなり秋になってしまったのには驚きましたし、
盛夏であるはずの8月の最後の1週間に薔薇に全く水遣りをしなかったのもはじめて……。
皆さんから戴いた温かいメッセージのお返事を書き終わり、
先ずした事が「鹿鳴館」の再読と「ミザントロオプ」の観劇でした。
双方とも美しい言葉が溢れていて、僕がブログでやりたかったことに繋がるものでした。

実は今年一杯お休みを戴く積りにしていましたが、
そんなに長く休んでいると「書く」と言うことを忘れてしまいそうで……(笑)
定期的にではありませんが、チョコチョコと書いて行こうかな……そう思っています。
物事には「旬」がありますしね。伝えるべき時にキチンと伝える、それも大事かと思います。
4年目を始める前に思うこと、言葉を大事にしたい、大袈裟だけれど今年の目標です。

写真はフランスはギヨーの「Amandine Chanel」と僕のオリジナルの薔薇。
ラベンダーの方が僕のオリジナルの薔薇です。非常に花保ちが良くていい匂いがします。

これからポツポツ更新して行きます。
言葉、言語って時代と共に変わりゆくものだけれど、
ないがしろにされ、省略されつつある言葉ですけれど、
是非とも守って行かなければいけない部分もあります。
僕達日本人から美しい言葉遣いを取ったらどうなりますか?

言葉を大事にしたいからと言って一々辞書を引くことはしません。
通常使う言葉をわざわざ難しい言葉に置き換えることもしません。
何事も自然体に、僕の中にある言葉で綴る……。
そんな中に僕らしさが出れば……そう思っています。
皆さま、これからも一つ宜しくお願いいたしますね。


草々

2008年9月5日


ブノワ。


[鹿鳴館/三島由紀夫 著 (1956)]
[サド侯爵夫人/三島由紀夫 著 (1965)]
[三島由紀夫/Yukio Mishima (1925~1970)]
[杉村春子/Haruko Sugimura (1906~1997)]

[ミザントロオプ/Le Misanthorope ou L'Atrabilaire Amoureux (1666)]
[Moliere (Jean-Baptiste Poquelin) (1622~1673)]
[岸田研二/Kenji Kishida (1974~ )]
[小谷真一/Shinichi Kotani (1978~ )]
[手塚とおる/Tezuka Toru (1962~ )]
[辰野 隆/Yutaka Tatsuno (1888~1964)]
[エデンの東/East of Eden (1955)]

[Amandine Chanel (S) Dominique Massad, 2004]


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by raindropsonroses | 2008-09-05 00:00 | 天井桟敷の人々。