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匂いのいい花束。ANNEXE。

ダウト 〜あるカトリック学校で〜。

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 おそらく……何かがあったのだろう…………。

「不適切な関係」……おそろしく迂遠でいかようにも受け取れる表現。
見たくないもの、聞きたくないものをオブラートに包む便利な言葉。
目撃者もいない、確かな証拠もないし、告白もない。
黒人少年と神父の間に起こったことは闇から闇に葬られてしまった…………。


去年からズゥ〜ッと楽しみにしていた、メリル・ストリープ主演の
「ダウト 〜あるカトリック学校で〜」を初日に観に行く。
約一年前、今回の映画化を知り、文学座による日本初演を観に行ったんでしたっけ……。
こんなに長い間映画を見続け、映画ファンを自認しているけれど、
初日にまで無理をしても駆けつけようと思う作品は少ないし、
そう思わせる女優も少なくなりました……メリル・ストリープ……僕のヒロイン。

ブロンクスにあるキリスト教学校の校長、シスター・アロイシス。
おそらく、結婚に失敗した後、神に支えることのみに救いを求めて来た老女。
その厳格さは学校の生徒全員、そして、仲間のシスター達からも畏れられている。
時はケネディが暗殺された翌年、人々が希望を見失い、
心の拠り所をなくしている時代背景も忘れてはいけないでしょう。
シスター・アロイシスは厳格さでもってそれを切り抜けようとしています。

一方、現代の神父、革新的なフリン神父は、
その卓越した話術でもって人々を魅了しています。
ミサで話して聞かせる寓話は時にユーモアが盛り込まれ人々を引き付けます。
それを心のどこかで疎ましく、苦々しく思い、
キリスト教に新しい風が吹き込むことに畏れを抱くシスター・アロイシス。
テレビで歌って踊って啓蒙しないまでも、フリン神父に懐疑的で批判的なのです。
厳格さのみがキリストの教えを皆に説く術であるかのように、
ユーモアはもってのほか、個人的な温情なんてとんでもない……。
そんなこんなもフリン神父を厳しく見る原因です。
そう言えば、ショーン・コネリー主演の中世のミステリーの傑作でも、
この「笑い」が重要視され、謎を解く大きなキーワードになっていましたっけ。
キリスト教に限らず、神聖なものと相対するものを作り上げて(地獄や悪魔など……。)
神聖なる存在をさらに高める宗教の手法はいつの世になっても変わりません。



そんな彼女の心に宿ったある「疑念」…………。
その「疑念」は恐ろしい早さで彼女の心に巣食い、
やがて、何の確証もないままに確信へと変わって行きます。

 フリン神父と黒人少年の間に何があったのか……。

シスター・アロイシスのかけている老眼鏡は、
一滴の「疑念」と言う毒によって、もはや透明ではなく色眼鏡になってしまいました。
シスター・アロイシスの毒が感染したかのように、
純心で人を疑うことのなかったシスター・エリザベスも変わって行きます。
生徒に辛く当たり、彼女自身も神父と黒人少年の関係を疑いの目で見るようになる……。
シスター・エリザベスが涙ながらに言います。

 「あなたはただフリン神父が嫌いなのです!
  長く整えた爪も、紅茶に砂糖を3つ入れることも、
  ボールポイント・ペンを使うことも……。」

それが何?だからどうしたと言うの……。
人の意見に耳を貸さないシスター・アロイシスは既に完全に常軌を逸し、
フリン神父への疑惑、憎しみは狂気と言えるほどに激しくなります。
彼女の願い、目的はただ一つ、神父をこの学校から追い出すこと。
彼女のどす黒く染まった「疑念」に満ちた心は、
ラスト・シーンの素晴らしい名台詞へと繋がります。

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映画、演劇において、観客が主人公の役柄に一気に引きずり込まれる瞬間があります。
舞台「ドレッサー」では、三國連太郎が、舞台と客席の境目にあるドレッサーに座り、
客席に向かって、実際にはない鏡がまるでそこにあるかのように、
つまり、虚空に向かってメイクをするシーンで一気に観客を役に引き込みます。
「ダウト 〜あるカトリック学校で〜」では冒頭にその瞬間があります。
ミサの時にふざけている少年の頭をシスター・アロイシスが叩くシーン、
シスター・アロイシスがまるで自分が叩いたのではないように、
神が鉄槌を下したかのように、自分が立っている反対側、
つまり、手を少年の後ろに回して叩くシーンがそれです。
恐ろしい恐竜の口から発せられた鳴き声のような発声で居眠りしている少年を起こし、
轟くような声でシスターの体に触れた少年を呼びつけます。
冒頭の数シーンで、教室を見回り生徒を監視する下りで一気に役に血を通わせます。
なんと言う卓越した役作り。今更ながら彼女のテクニックに脱帽です。
野太い声、時に大声を張り上げ、声高に恐怖のシンボルとして、
絶対的な「善」として、教区、そして学校内に君臨するシスター・アロイシス。
メリル・ストリープがこんなに声色を使うのは珍しいです。
「プラダを着た悪魔」の鬼編集長、ミランダ・プリーストリーを演じる時、
誰しもが想像した役作りを大きく裏切り、まったく声色を変えず、
大声で怒鳴ることをせずに低い小さな声で周りのスタッフを恐怖に陥れたのとは大違いです。
シスター達が着る黒い衣装、被る帽子によって、殆ど顔だけでしか演技が出来ない今回、
メリル・ストリープはその目の演技によって全てのこと、あらゆる感情を表現します。

大女優、大俳優は悪役をやらせると抜群に上手いです。
小津安二郎や木下恵介の作品で市井の人のいいおばさんを演じた杉村春子。
彼女が悪役を演じたら凄かったです。黒澤明の「赤ひげ」の因業な置屋の女将、
成瀬巳喜男の「晩菊」の元芸者で高利貸しの倉橋きん……絶品でしたものね。

フリン神父役のフィリップ・シーモア・ホフマンはこれ以上は考えられない適役。
厳格なシスター・アロイシスに対する純真なシスター・エリザベスを演じた
エイミー・アダムスがメリル・ストリープを引き立てます。
黒人少年の母を演じたヴァイオラ.デイヴィスの達者振り。
素晴らしい演技のアンサンブルを見る喜びはひとしおです。
「プラダを着た悪魔」と「ダウト 〜あるカトリック学校で〜」によって、
また新な境地を開拓してみせてくれたメリル・ストリープは矢張り凄いです。

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写真はニューヨークならぬロンドンで撮りました。
厳寒のロンドン、友人とキングス・ロードから裏街をプラプラ……。
突如、目の前に現れた教会……教会、大聖堂とは本来そう言うものなのでしょう。
突如目の前に大きな姿を現し、見上げる我々に、ある種、畏敬の念を感じさせる存在。
夏でも暗くヒンヤリとした中の暗闇で神の慈悲にすがり許しと祝福を貰い、
そして、外部の偉容は人々の神への畏れを感じさせるように建てられている……。

「ダウト 〜あるカトリック学校で〜」……誕生日にもう一回観に行きます。


草々

2009年3月10日


ブノワ。


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by raindropsonroses | 2009-03-10 00:00 | 映画館へ行こう。